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亡命者連行事件と日本人としてのプライド


 総領事館のビデオを見た人は日本人として恥ずかしいと思った人が多いと思います。しかし、日本という国を瀋陽総領事館亡命者連行事件という切り口で見ればああいう結果になるのが、これは外務省の不手際などではなく、現実の日本人の常識なのだろうと思います。その常識の非常識さをあらためて映像で確認し、恥ずかしいと感じているのだろうと思います。誇りある日本人をめざすなら、自分の国の欠点くらいは知っておいた方がよさそうだと感じました。

 編者はたまたま日本人として生まれましたが、これは偶然です。韓国人として生まれたり、中国人として生まれてもなんの不思議もありません。そんなときに、日本人としての誇りをどこに求めれば良いのだろうかと考えるわけです。

 国という単位は、まだ北朝鮮のように不自由な国もありますが、共産国である中国に生まれた人であっても、一定の条件が揃えば帰化して日本人になることができます。

 もちろんこれは、精神まで日本人になるという意味ではありません。中国人としての誇りはそのまま持っていても何の差し支えがないわけです。ただ、帰化することによって日本人としての恩恵や福祉政策を享受することができます。

 自分自身さえしっかりしていれば、国籍は学校の部活のようなもので、自由に選ぶことができると考えることもできます。したがって、日本にいて日本のことを嫌いだと言っている人は、ぜひその人の好きな国に移住して欲しいと考えています。なぜなら、そうすることが、その人にとっても、それ以外の人にとっても幸せであるに違いないと思うからです。


 しかし、それにしても、現在の日本や中国や韓国や北朝鮮が存在するのは歴史的な事実が大きく影響していることも事実です。そこで、以下のような順序で歴史を振り返ってみることにしました。すでにご存じの方や、それどころではない方は、こちらの結論をご覧ください。



■目次

1、日本はなぜ韓国併合に至ったのか?
2、資源の無い日本という国の欠点
3、弱点が軍部の暴走を許す
4、戦後の朝鮮半島
5、共産国繁栄の時代とその終わり
6、結論



■本文

  1. 日本はなぜ韓国併合に至ったのか?

     東洋人は野蛮で怠惰だから、自分たちが教え導かなければならないと西洋人は考えていて、それが思想的な背景になって植民地支配が行われたとも言われています。産業革命で力をつけた西欧諸国が材料と市場を求めて始まったアジア・アフリカ・太平洋諸国に対する植民地支配の思想的背景とも言えます。

     18世紀にインドを支配したイギリスはインドでとれたアヘンを中国に売ります。これは中国から輸入していたお茶の代金(銀)の代わりに薬だと偽って渡したものですが、さすがに薬ではないことに気づいた中国との間で起きた戦争がアヘン戦争(1840〜42)です。しかし、国力が弱っていた中国は負けてしまいます。

     欧米列強の存在を知った日本は1868年に明治維新を迎え、慌てて富国強兵に走ります。当時の周辺国はどうなっていたのでしょうか?当時の清は琉球(現在の沖縄)の領有権を主張していましたが、日本はそれを退け、琉球を日本に編入します。

     朝鮮は清国の属国でしたが、その朝鮮へ影響力を行使しようと1894年に日清戦争が始まり翌年に日本が勝利しました。下関条約で、清は朝鮮の宗主権を放棄して独立を認めます。このとき、日本は台湾、遼東半島を割譲されます。

     遼東半島は今回の領事館のある瀋陽とおなじ遼寧省にあります。この時代は欧米列強が中国を半分植民地化していた時期ですが、同時に資本家が力を持ちすぎる体制を壊して革命を起こし、社会主義の時代に入ろうとする時代でもありました。

     中国東北部や朝鮮半島に勢力を伸ばしてきたロシアと日本が衝突して日露戦争が起こります。当時ロシアの南下政策を支持していたオランダとドイツはロシア支援に回り、反対していたイギリスとアメリカは日本支援に回りました。

     1905年、米国大統領ルーズベルトの仲介でポーツマス条約が結ばれ戦争が終結します。この結果、日本は朝鮮における優越権、遼東半島南部、南満州鉄道の利権、南樺太を獲得します。


     朝鮮半島への影響力を強めていった日本は1909年、伊藤博文が暗殺されたことを口実に韓国併合を強行します。(当時の朝鮮は大韓帝国と呼ばれていました。)これは日本が支配される側から支配する側に回ったことを意味します。


  2. 資源の無い日本という国の欠点

     ロシアを破って列強に加わった日本に触発された中国、ベトナム、インドネシア、インド、イラン、トルコ各地で1905年から1911年にかけて変革や民族運動が起こりますが、なかなかうまくゆかずに挫折を繰り返します。

     やがて闘いは列強同士の間で1914年第一次大戦が起こり1918年にドイツの降伏で終わります。

    列強A(敗戦) 列強B(勝利)
    ドイツ・オーストリア・ブルガリア・オスマン帝国 イギリス・フランス・イタリア・ロシア・アメリカ・ポルトガル・日本他


  3. 弱点が軍部の暴走を許す

     この対戦で日本は勝ち組に回り、中国からはドイツが占領していた青島を手に入れます。ところが、日本は1918年の米騒動、1923年の関東大震災、1929年の世界恐慌の影響で社会不安が増し、軍部が力を持つ時代に入っていました。

     軍部が力を持つと言うことは、困ったことがあれば力で解決しようとする動きが強まるということです。当時の日本が何で困っていたのかと言えば、それは資源です。

     1931年には満州占領、翌年の1932年には満州国を建国させます。これはもちろん清国の最後の皇帝に満州国を治めてもらうことが目的だったというより、中国東北部の豊富な資源が欲しかったからというのが本音だったようで、生命線だとも表現しています。

     多くの日本人も満州国に渡りました。併合されていた朝鮮半島の人々も移動したため、現在の中国東北部に朝鮮族の地域ができています。日本国内にも移住したのが現在の在日・韓国・朝鮮人ということになります。


  4. 戦後の朝鮮半島

     1945年に第二次世界大戦が日本の敗戦で終わると、満州国は滅亡し、朝鮮半島は独立します。南アジアでは1947年、インドとパキスタンに分かれてイギリスから独立、ベトナムは南北に分かれて1954年に、インドネシアは1949年に独立します。

     朝鮮半島では1945年の9月に建国準備委員会によって”朝鮮人民共和国”の設立が宣言されたものの、38度線を境に北はソビエト、南は米国によって分割統治されていました。

     1948年5月、南側だけで選挙が行われ、大韓民国が成立します。これに対して9月にソビエトは金日成を首相にして朝鮮民主主義人民共和国を成立させ、南北に分かれて独立することになります。

     1905年に日本に負けたロシアは革命の混乱の後の1922年にソビエト社会主義共和国連邦が成立。米国に次ぐ工業国に成長していました。欧米列強の時代からソビエトが代表する東側と米国が代表する西側に分かれる時代に変わりました。

     ロシアは革命の後に社会主義の国になったにもかかわらず、相変わらず南下しようとする野心は変わりませんでした。ソビエトの南下を恐れた米国は1950年1月、韓国との間で米韓相互防衛援助条約を結びます。そして6月には南北の間で衝突が起こり朝鮮戦争が始まります。

     国連軍の出動もあり、一度は中国国境まで攻めるのですが、中国が参戦し現在の38度線まで戻したところで、1953年休戦状態に入り、現在に至っています。


  5. 共産国繁栄の時代とその終わり

     ソビエト・中国・北朝鮮は社会主義国であり、敵の敵は味方ということもあって、三国は友好国であったと言えます。ソビエトは米国に次ぐ工業国に成長していたこともあって、北朝鮮には心強い隣国がいてくれたわけです。

     1959年12月から1984年までの間に、「北朝鮮は地上の楽園」と宣伝され、日本人妻6千人を含む、9万3千人の在日朝鮮人が北朝鮮に渡ったとされています。北朝鮮を訪れた日本人もその繁栄ぶりを伝えています。(1959年〜1986年くらいまで)どこまで信用して良いの分からない部分もありますが、少なくとも金日成主席が亡くなるまで、そしてソビエトが崩壊するまでは、もしかしたら北朝鮮にも繁栄の時代があったのかも知れません。

     1988年にソウルオリンピックが開かれ韓国の経済成長ぶりが世界に紹介されます。一方北朝鮮は1990年3月にソビエトが崩壊し、1994年の7月には金日成主席が亡くなります。1995年、96年と続く洪水によって飢餓が深刻化します。

     1998年になると韓国のNGOが中国国境地域へ逃れてきた北朝鮮の亡命者らから聞き取り調査を行い、350万人くらい餓死した可能性があるという推定を発表します。韓国政府もこの報道を概ね肯定し、国連の食料援助機関である世界食糧計画でも、栄養不足によって免疫力を失い風邪を引きやすくなって命を落とす場合もあるため、餓死と判別するのは難しいものの、飢饉のために命を縮めたという意味ならそのくらいの人数に達するかも知れないと、餓死を否定してはいません。

     しかし、その1998年は北朝鮮がミサイルの発射実験をした時期でもありました。北朝鮮はそのミサイルを人工衛星の打ち上げだと発表しています。

     2001年にテロが起こり、今年になってからこれまで続けていた北朝鮮への食料援助を米国と日本は中断したため、このままでは北朝鮮に行っている640万人への食料援助ができなくなる可能性があるという世界食糧計画からのアピールがありました。

     5月8日の亡命者連行事件はこの報道を聞いた矢先です。今は日本と中国の間で日本が不得意とする主権と、中国が不得意とする人権でもめてはいますが、5人の亡命者とその支援者のもくろみは成功したようです。問題はこれからどうなるかということです。


  6. 結論

    結論は行政職である外務省職員、その職員を動かすための法律を作る国会議員、その議員を選ぶ国民という3段階に分けて、今回の問題の責任について整理した結果は以下の通りです。

    外務省職員: 有罪
    国会議員:   執行猶予付きの有罪
    国民:      証拠不十分で無罪

     主権者であり、もっとも罪が重いはずの国民が証拠不十分で無罪なのは国民の大多数が専門家ではなく、さまざまな問題に対して適切な処置をするための十分な知識持ち得ていないからです。そんな無知な国民がより正確な政策へ向けて国を動かすためには国会議員を信頼するしかありません。

     そして国はこう動いて欲しいと決めた法律に従わないのであれば、それはその法律に従わない行政職、つまり役人の責任です。総領事館で働いている人達は行政職である役人です。

     役人の行為は日本国民の総意を代表しているとも言えます。

-2002/5/19



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