物理学者で随筆家の寺田寅彦(1878-1935)さんが、『コーヒー哲学序説』と題するエッセイの中で、宗教は官能と理性を麻痺させる点で酒に似ており、哲学は官能を鋭敏にし洞察力と認識を透明にする点でコーヒーに似ている、と書いています。
宗教はアッラーであれキリストであれ、信じることによって救いが得られるため、主観的です。自分自身が信じなければ意味がありません。一方哲学はデカルトが特にそうであったように、疑うことから始まります。自分自身が生きているのかどうかさえ疑ってしまうくらいです。
ブッシュとアルカイーダの戦いも、ブッシュもアルカイーダも神を語り、自らの行為を正当化しようとしています。キリスト教もイスラム教も元々は同じ神のはずなのに、両者が攻撃し合うのは、自分の見方にとらわれながら神を解釈している、つまり主観的である証拠です。
仏教は哲学的だと言われます。また日本の神は八百万(やおよろず)で多くの神の存在を許容します。そんな日本が戦中に神を語ったのは、圧倒的に強いアメリカを敵に回してしまったために、神風という名の酒にのまれて酩酊し、現実を忘れるしかなかったからかも知れません。
自衛隊がイラクに向かう日が近づいてきた今であれば、派遣に賛成している人なら賛成者の意見を、反対している人なら反対者の意見を、コーヒーでも飲んで目を覚まし、疑ってみた方が良いのかも知れません。
-2003/12/10
●当サイトは全ページリンク・フリーです。連絡も要りません。
Copyright(C) 2000-2006 xSUNx(サン) all rights reserved.