ねはんじゃくじょうなるものはえらい坊さんが山にこもって修行をつづけやっとのことでたどり着く悟りの境地を指すらしい。一度くらいは味わってみたいと思っても凡人にはとうてい到達できない。それゆえにどうやっても知り得ない心境だと言われているような気がする。
しかしこの涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)なるものは迷いが無くなり楽々とした心境を指すらしいので、迷いがない心の状態がどういうものかを考えればその境地に近づけるのではないかと思う。
己を空しゅうして腹の底から聞こえてくる声に耳を傾け、その声が向かう方向に我が意志とともに進むとき、その境地に近づくのだと思う。自分の意志と腹の底から湧き出る意志が一致しているのなら迷いがあろうはずがないから楽々とした心境になれるはずだ。日常生活にそのような状態は無いのだろうか?
あちらを立てればこちらが立たずで常に葛藤に悩まされる仕事が終わって帰途につく瞬間。この瞬間の開放感がこれに当たるかも知れない。なぜ瞬間なのかと言えば、そのすぐ後には家庭のさまざまな事情に思いが移ってしまい、新たな葛藤に悩まされるかも知れないからだ。
仕事が終わった瞬間。試験に受かった瞬間。掃除が終わった瞬間。待ちに待ったお気に入りのアーティストのCDを買いに行く瞬間。いずれも迷いから解放され楽々としている。
瞬間よりは少し長い、たとえば通勤通学の時間だって涅槃寂静の時だ。その時間は迷うことなくその先に向かって進めば良い。迷う必要がない。それがその時間に自分に与えられた使命のすべてであり余計なことを考える必要がない。涅槃寂静も瞬間ならいたるところに転がっている。
-2005/3/24
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