つい最近日本映画専門チャンネルで、たまたま放送されていた加山雄三主演の若大将シリーズを初めて観たんですが、この映画で演じられているヒーローやヒロインには、いい男振りやいい女振りが遺憾なく発揮されていて、今見ると滑稽なくらいにエッセンスが詰まっていると感じました。
交通事故を起こした青大将(田中邦衛)に代わって、自分が事故を起こした、と泥をかぶって病院に見舞いにゆけば、ぶつけた相手がまた澄子(星由里子)という名のいい女です。入院してかかった治療費や車の修理代などを捻出するためにバンドを組んで練習し、勝ち抜きエレキ合戦に出場すれば、その歌も演奏も上出来で、エレキをテケテケ鳴らしては歌い観客を酔わせます。
若大将は、青大将に乱暴されそうになって危機的な状況にあったヒロイン澄子を助けますが、この後喧嘩になるものの、やがて二人は恋に陥ちます。そして、澄子のために曲をつくればそれが名作の”君といつまでも”。かなり出来過ぎなストーリーです。
ところが良いことばかりは続かず、令嬢の路子(北あけみ)との間に持ち上がった縁談話を立ち聞きした澄子は、若大将を幸せにできるのは路子さんしかいないと、一人黙って旅に出ます。
若大将は、姿を消した澄子を追って心当たりのホテルに向かいます。ところがその日はアメリカンフットボールの試合の日で、若大将が居ないために相手チームに点を取られっぱなし。もうお仕舞いかと思っていたら、そこへ若大将がヘリコプターに乗ってやってきます。
話はさらに続くわけですが、この映画にもみられるように、至る所にちりばめられた、ヒーローらしさやヒロインらしさを決めている要素とは一体何なのでしょうか?
まず最初は、他者の危機を救っていること、そして二番目は他者を楽しませていること、そして三番目は、けっして人の足を引っ張らない、ということのようです。
ご存じのように、これら三点を揃えて実行することは凡人には著しく困難です。だからこそそんな人が実在したなら長く語り継がれるのでしょう。実は、この『エレキの若大将』の後、『釈迦』と題する映画も観たんですが、釈迦の言動にもこの三要素が含まれていることに気がつきました。
釈迦が説いた『慈悲』の慈は他者に楽を与えることを意味し、悲は苦を除くことを意味します。もちろん人の足は引っ張りません。他者の危機を救って不快感を取り除き、他者に楽という快を与え、もちろん他者の足を引っ張って不快な状況におとしめることはしません。
しかし、釈迦もまた同じ人間なら、人間らしく快を求め不快を避けたはずです。おそらく釈迦にとっては、他者に楽を与えたり苦を除くことがこの上なく快であり、他者を不快にすることが自分にとっても不快に感じられたのだろうと思います。つまり、凡人が快のみを求めれば没落し、悟りを開いた者が快を求めれば聖人になるというわけです。
さてその釈迦は遠い昔の人ですが、伝え聞くことが本当なら、当時のインドではとんでもないヒーローで、いい男振りを遺憾なく発揮していたに違いありません。
-2004/2/5
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