小さい頃から見慣れているのに意外と知られていないのか大仏様の正体です。「この大仏は誰の姿に似せて彫られたのか?」という問いにさえ答えられないもやもやしたものをこのコラムですっきりさせたいと思います。
大仏ができてから今年で1250年ということで、奈良国立博物館では『東大寺のすべて』展が開かれています。その東大寺にある大仏は正式には盧舎那仏像(るしゃなぶつぞう)と呼ぶそうです。
実際に存在したお釈迦様ではなく、世界をあまねく照らす太陽を人格化した存在、つまり仏と呼ばれる神様ということになります。釈迦が亡くなってから数百年後に弟子達の手によって教典がまとめられました。その教典のなかに華厳経(けごんきょう)というお経があります。そこには一塵(いちじん)のなかに宇宙があり、一瞬の中に永遠があるという教えが説かれているそうです。
仏教は哲学であり、思想だとよく言われるように、こういう風に考える人がいたということなのだと思いますが、一塵のなかに全世界があるという考え方は、その昔宇宙が始まった頃は全宇宙が米粒よりさらに小さかったというインフレーション理論を思い出させます。
一瞬の間に永久があるという考え方は寝ている間に枕の上に置いていた頭が枕から落ちた瞬間に、崖から飛び降りると同時に、そうせざるを得なかった物語まで、夢の中に作り出してしまうという事実に通じるものがあります。実はこの世だって、うたた寝している自分が見ている一瞬の夢なのかもしれません。
奈良の東大寺で大仏様に出会ったら、こんな宇宙観というか世界観をこの大仏様は持っていると考えてみるのもよいかも知れません。
さてそれなら、鎌倉にある高徳院の大仏はどうなのでしょうか?鎌倉の大仏は金銅阿弥陀如来像(こんどうあみだにょらいぞう)と呼ばれています。この仏様もお釈迦様ではありません。「南無阿弥陀(なむあみだぶつ)」と唱えれば誰でも等しく阿弥陀仏の住む極楽浄土にゆけると説く浄土宗・浄土真宗で信仰の中心としてまつられるのがこの阿弥陀如来像です。富山にある高岡大仏も同じ阿弥陀如来像です。
大仏様は人間に似せて彫られた巨大な想像上の人物ということになりそうです。
-2002/5/30
●当サイトは全ページリンク・フリーです。連絡も要りません。
Copyright(C) 2000-2006 xSUNx(サン) all rights reserved.