ここでいう三聖人とは1)イエス・キリスト、2)釈迦、3)孔子の三者です。三人とも2000年以上も前に生まれながら、多くの弟子を持ち、現代人に今なお大きな影響を与え続けています。影響力が大きいという意味で共通だと言えますが、それ以外の共通点について考えてみたいと思います。
聖人と呼ばれる人であれば当然弟子や崇拝者が存在するために神格化され、誇張された記録が残されていると思われます。彼らを一人の人間として捕らえ、何故にそれほどの影響力を持ち得たのかを知りたいと考えた場合にはその誇張の部分を取り除かなければなりません。
【誕生】
釈迦もイエスもその誕生について伝えられている話は奇妙に類似しています。両者はいずれもお腹が大きくなった母親の移動中に生まれています。イエスの母マリアは住民登録のために夫ヨセフと共に出身地であるベツレヘムに向けて移動中でした。そこでマリアが産気づいたために、ヨセフが何とか見つけた馬小屋でイエスは生まれます。紀元前4年頃の12月25日とされています。
一方、釈迦の母摩耶(まや)夫人は当時の習慣に従い、実家がある隣国で出産するため移動中でしたが、やはり途中で産気づき、ゴータマ・シッダルダつまり釈迦が生まれます。紀元前463年4月8日のこととされています。
孔子の誕生は比較的平凡で、下級武士の家庭の次男として生まれます。紀元前552年10月21日とされています。
【家庭環境】
三聖人が活躍を始めるまでに育った家庭環境には共通点は見られません。イエスは腕のいい大工だった父親のヨセフから読み書きを習い、祭司からはユダヤ教の律法を教わります。神童であったとされていますが、詳しい記録は残っておらず、洗礼を受けるまでは父親の大工仕事を手伝っていたようです。
釈迦の場合は釈迦族の王子として生まれたために、王であった父親は自分の後を次いでもらいたいと考え、城の中を快適にして外に出たいと思わないくらいに不自由なく育てたようです。その後、結婚して子供も出来、大人しく城に止まるかに見えました。
孔子はあまり裕福では無い家に生まれ、おまけに父親を早くに亡くしたため、母子家庭に育ちます。十五歳の時に学を目指したものの、家計を助けるために様々な職業を経験します。
【自立の時期】
三聖人は奇妙にも三十歳くらいのときに、転機がやってきます。イエスは三十歳を過ぎたばかりの頃に、ヨルダン川の岸辺で洗礼を行っていたヨハネから洗礼を受けます。イエスはそれから処刑されるまでのわずか2、3年が活動期間です。
釈迦は出家を望みながらも、それを実現したのは29歳の時でした。出家が一面では家族や国を見捨てることにもなるため、決断に至るまでには時間がかかったことが推測されます。
孔子も様々な職業を経験しながら三十を過ぎた頃、”礼”を心得ている人という噂が広まり、全国から弟子が集まり、孔子としての活動が始まることになります。
【死】
イエスは洗礼後2、3年の間に多くのエピソードを残し、弟子に裏切られ、罪を背負って処刑されるという話はあまりにも有名です。そこへゆくと釈迦の場合は穏やかです。説法の途中で頂き物を食べて食中毒になり、横になって休みながら入滅(死)に至ります。ところが分からないのが孔子の死についてのエピソードです。
孔子は72歳で亡くなるとされていますが、その一年前の71歳の頃に、弟子に先立たれて普段は冷静な孔子が泣き叫びます。ところが、弟子に囲まれて暮らしていたはずの孔子自身の死についての話はどういうわけか見つかりません。
【逆転劇】
孔子は戦国の世に平和に国を治めるための知恵を為政者に説いて回りましたが相手にされませんでした。それでも、死後約400年の漢のの時代に孔子の教えが漢学として採用されます。これは入社試験の試験科目に採用されるようなもので、国を治めるためには孔子の教えが必要だということを為政者が認める時代になったということになります。
イエスの12人の弟子のうち、イエスがもっとも信頼していたとされるシモンはイエスより親しみを込めてペテロ(岩のように固い意志を持っているという意味)と呼んでいました。ところが、イエスが処刑される前の裁判でペテロは自分の身に危険が及ぶたびにイエスのことは知らないと三回も裏切ります。ところが、イエスが亡くなると、そのペテロがイエスの後継者としての働きに目覚め、イエスと同じように秩序を乱すとして命を狙われるほどになったとされています。
釈迦の場合も類似した話があります。釈迦の従弟でもあった提婆達多(だいばだった)という人物は釈迦の名声を逆恨みして釈迦の殺害を試みます。そこでまず釈迦を支援するビンビサーラ王を殺害しようと考え、王の息子である阿闍世(あじゃせ)王子をそそのかして父親を殺害させ、王位につかせます。提婆達多は最後は地獄に堕ちてしまうのですが、王に即位した阿闍世は自らが犯した罪の重さにぶるぶるふるえるようになります。そこで、こともあろうに釈迦に救いを求めました。釈迦に「あなたのそういう気持ちがあなたを救う」と説かれて父親以上の釈迦の支援者になります。
論語、新約聖書、膨大なお経等から三聖人の人物像を組み立てることになりますが、これらの書物はいずれも本人が書いたわけではなく、弟子達によってまとめられたという点も共通しています。三聖人とも直接の子孫より遙かに強力なDNAの伝承者に恵まれている人達であると言えそうです。
-2002/8/6
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