25日に起きたJRの脱線事故でも、運転手が90秒の遅れを取り戻そうとして焦ったことが事故につながったのではないかと見る人が多いようです。これは、海外の多くの国がそうであるように、5分くらいまでの遅れは遅れとは呼ばない、のなら同じ運転手でも焦ることはなく事故も起きなかっただろう、という気がしますが、それにしてもなぜ焦ると正常な判断や動きができなくなるのでしょうか?
それはおそらく、記憶が感情と深く結びついていることが原因ではないか、と思います。ファミレスやファーストフード店では、お客さんが来たら「いらっしゃいませ」、注文をすれば「お飲物はいかがでしょうか」などという、必要なことから余計なことまで、意識さえしていないのでないか、というくらいに店員の口から出てきます。
マニュアルについての記憶が次々に呼び出されては口から出ていることが解ります。しかしこうやって言葉がよどみなく出てくるのも、いつもの精神状態にあるときだけで、機嫌が悪かったりすると、記憶は吹っ飛び、ついつい素が出たりします。
怒ればかつて怒ったときの記憶が蘇りますます怒りがこみ上げ、泣けばかつて泣いたときの悲しい思い出が蘇り泣きやまなくなったり、不安になればかつて不安になったときの記憶が蘇り、将来に対するさまざまな不安が現れては消え、現実の風景を覆い隠してますます正常な判断が出来なくなります。
さまざまな感情がキーワードになって検索がなされ記憶が蘇るのなら、焦っているときとは反対にのんびりしているときにも記憶が飛んでしまうことになるため、覚えたときの精神状態にどうやってもっていくか、という事になりそうです。
-2005/4/29
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