人の体は勝手に成長し、成熟していく。時間の経過が自動的にそれを可能にしてくれる。ところがいくら歳を重ねても時間は人を人間的に成長させてはくれない。
嫌な事は避けて通りたい、楽しい事だけやっていたい、苦労するより楽をしたい。こんな単純な動機で人は動いているのかもしれない。しかし、嫌な事を最後まで避けているわけにも行かず、楽しい事も一時的で長くは続かない。楽を続けたら怠惰になりすぎた自分が嫌になる。
嫌な事に正面からぶつかってみようと思ってもそんな勇気は無い。楽しい事からも逃れられない。進んで苦労もしたくない。
人に優しく出きる人が成長した人、だから人に優しくしようと思っても、何が優しい事なのかが分からない。無理に優しくしようとしている自分は本当の自分じゃないと気づく。自分はそんな優しい人じゃない。しかし、優しい人にもなってみたい。年月が流れ何も成長していない自分に気づく。望んだだけでは成長できない。そして成長する事に何の意味があるのかとさえ思えてくる。
ある日避けていた嫌な事がついにやってきた。もう逃げられない。どこにも逃げ場が無い。普段の人間は弱いのだと思う。だからその嫌な事に正面からぶつかろうとしない。それはその人だけがそうなのではなく、皆そうなのだと思う。そしてついに逃げ場が無いと悟ったとき、正面からぶつかることを余儀なくされる。格闘の後にその嫌なことは通り過ぎていく。
ある日一時的な楽しみにのみ興味を示していた自分もそれでは満足できなくなった。何かをやってみたい。始めたときは楽しくなくても、ちょっとだけ苦しい時期があってもその後に楽しみがあるならそれをやってみたいと思ったりする。そして愚痴をこぼしながらもやってみる。終わってみると一時的な楽しみより、嬉しさが持続する事に気がつく。
ある日大事な人が自分のそばを離れて去って行った。帰ってきて欲しいと願っても帰ってきてはくれない。それほど大事だと思っていなかった人でさえいなくなるとその存在の大きさに驚く。そして自分を振り返る。どうして自分のもとを去っていったのだろう。自分のどこが悪かったのだろう。こんな辛い思いをするくらいなら次の大事な人は失なわないようにしよう。そうするにはどうしたらいいのだろうと考えはじめる。
避け難い不運が無ければ、満足できない自分でなければ、そして失いたくないものが何もなければ人は自ら進んで成長することはできないのかもしれない。
-2000/12/5
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