目に異物が入ってそれを洗い流すための涙は
馬にだって牛にだってある
でもこう有りたいと願ってそれが叶わず
悔しくて仕方がないときに流れる涙は
人間だけに与えられている
その涙は何とかするために流れるのではなく
自らの限界を知って賢くなるためにあるのだと思う
森羅万象(しんらばんしょう)と呼ばれる
宇宙のありとあらゆるものに触れるとき
それがこれまで自分の知り得たものを越えると
その発見に目が潤むときもある
それはそのことをより強く感じ取るための涙だと思う
自らの限界に挑んで必死になっている人の姿を見るとき
それはどうにも成らなかったかつての自分の姿と重なる
そしてそれが限界を超えても越えなくても
そのとき流れる涙があるとすれば
それはきっと自らの限界を超えたいと願う人すべてに与えられた
涙のもう一つの使い方なのだと思う
-2001/11/12
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