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見せるべきか隠すべきか?


 信頼できる情報筋と称してその情報源を隠そうとするのは報道関係者の常套手段です。これは今後も継続して情報を得たいと考えるからです。誰がネタを提供したかが知れれば、その後の取材がやりにくくなるケースもあります。これは情報源を隠すことが益になる例と言えます。

 財産を持っていれば倉に隠したがるものです。これは物取りを防ぐため、つまり防犯のため必要なことと言えます。

 先祖代々受け継がれた宝物などを金庫に入れて隠しておけば、実際は贋作(がんさく)であっても、価値ある宝物と同じ効果を生むこともあります。これも隠すことによってもたらされる益と言えます。

 難解な言葉を多用してその意味するところを隠す場合もあります。認識論とか存在論とか、あるいはイデアとかいう言葉が連なれば、たいていの人は眠くなります。眠れない夜の友とも言える言葉たちは”真実”を語るためにあるというより、真実を覆い隠すためにもあると言えます。

 ある銀行の頭取がテレビに出演し銀行の取り組みについて語っていました。その口調はぬらりくらりとやわらかくおだやかで、何を語ろうとしているのか、知ろうとする意欲をうち砕いてしまうほどでした。これは真綿のようにくるんだ言葉による武装に違いありません。

 武装するのが敵から身を守るためだとすれば、敵とはテレビを観ている多くの預金者や借り手です。銀行にとって預金者は敵だということなのでしょうか?

 最近、SARSの実態を隠してきた中国政府の姿勢が問題にされています。都合の悪いことを隠そうとするのは、役人に限らずたいていの人間によくある心理だろうと思います。誰もが自分にとって都合が悪いことを隠そうとするのです。

 ところが教養もありエリートであるはずの中国政府の役人たちが、0点の答案を隠してママに怒られるドラえもんののび太の姿と重なります。もともと考える力が小学生並みであるはずはないので、役人を続けているうちに考える力が落ちたのだろうと思います。

 個人や集団にとってある事実を隠すことは得になることもあれば、損になることもあるといえますが、中国のSARSの件は損になる例と言えます。しかし、これは大きな組織ではよくあることのようです。大きな組織が強くなりすぎないように、ある種のバランス感覚が働いているようにさえ思えます。

 小さな組織と大きな組織はこれでバランスをとっている、と言えなくもありません。ところが、その大きな組織で考える力を失い退行して幼児化し、ボケが進行したら、困るのはそこの構成員である個人です。

 ボケが進んで退職し組織を離れたとき、その人は肩書きの無い個人に戻ります。そして介護を専門とする医療法人にやっかいになるかも知れません。この医療福祉法人のなかには恐ろしいことに患者がボケていることを良いことに患者を拷問したりすることがあるようなのです。しかもその事実は多くの場合隠蔽され表に出てきません。

 施設内で拷問や拘束の現場にいる介護者らは”これも仕方が無い”と自分に言い聞かせるのだろうと思います。この実態を隠した方が良いのか、公表(告発)した方が良いかは、内部の人間にもわからなくなることがあるようです。

 それでも、もし自分自身がこの患者のように縛られたり拷問されているとしたら、と想像力を働かせることによって答えが出るように思います。介護者も患者も同じ人間だからです。


-2003/4/22




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