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なぜ蒸気機関車にノスタルジーを感じるのか?


 その日の私は駅に向かっていた。最寄りの小さな駅で、階段を上がった二階には切符売り場と売店とそば屋に自動改札がある。改札を通れば左右に分かれて右側が上り、左側が下りのホームにたどり着く。どこの街にもありそうな小さな駅だ。

 駅に着き、これから階段を上がろうとしていたとき、左側から声が聞こえた。歩きながら声のする方に視線を移動したら、そこにはお世辞にも美しいとは言えない人が立って居た。その姿のあまりの異様さに驚き、良識を失い、慣性の法則に従い歩き続けて階段を上がってしまった。

 階段を上がりながら、その人が一人の女性であるということ、募金活動をしていたということ、そしておそらく、その募金活動も意を決して始めたに違いないことなどが頭に浮かんだ。というのも、その女性は美人からは程遠く、もちろんテレビ向きではないが、さりとてラジオ向きでも無い。

 そんな彼女を駅に向かわせ、募金活動のために人前に立たせるためにはかなりのエネルギーが必要だったに違いない。にもかかわらず、通り過ぎる人に声を掛けても集まるのは募金の方ではなく、化け物を見るような驚きの視線と、どう反応したらよいのか困惑しながら通り過ぎる人達ばかり。世の中は実に不公平で、不平等だ。

 彼女は一人の人間であり、しかも一人の女性であることに間違いはないから、自分が化け物のような姿に生まれたことを悔しいと思っただろうし、人間は顔じゃない、と何度も自分自身に言い聞かせたことだろう。

 天女が舞い降りてその美しさを地上の人々にさらせば、綺麗であるということが力であるということを感じさせる。ところが、与えられた美しさには人をうっとりとさせる力はあっても、沸き上がるような力までは感じられない。

 ディーゼルで動く気動車や電気で動く電車の時代になっても、石炭で動く蒸気機関車には世界中に根強いファンがいる。石炭を放り込んでは燃やし、お湯を沸かして沸騰させる。水が気化するとその体積が2000倍近くにふくれあがる。四方八方に向かうその力はピストンによって回転運動に変えられ、汽車を動かす力になる。

 黒い煙を吐きながら懸命に走っているように見える蒸気機関車の姿は沸き上がる力を連想させる。懸命に走ることが”美”として意識される瞬間を蒸気機関車は演じ続けている。蒸気機関車が郷愁を誘うのは、誰もが懸命に走る姿を”美しい”と感じるからだろうし、その美しさなら自分にも創れるということを教えてくれるからに違いない。

-2002/8/28




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