義務感から選挙に出かけ、消去法で一人の政治家を選んで投票することほと辛いことはありません。それは、まずいと解っていながら仕方なく食べる料理のようなものだからです。
しかし使命感という場合はだいぶ違います。使命感で普通の選挙に行ったり、普通の料理を食べる人はいません。同じ選挙でも、使命感という場合は、記名投票で敢えて反対票を投じることであったり、同じ料理でも死を覚悟して毒味をするようなことであったりします。
使命感に燃える人は、なぜ危険を伴う仕事をやることができるのでしょうか?そしてその気持ちはどこからやってくるのでしょうか?
最近は幕末の志士がよく紹介されるようになりましたが、その中でもジョン万次郎の例が解りやすいように思います。漁師だった万次郎は、漁で沖に出かけて遭難し、アメリカの捕鯨船に救助されたたままアメリカに渡りました。そして十年くらい経った頃、彼はは、死罪になるかも知れない危険を犯して日本に戻りました。
それは望郷の念もあったでしょうが、彼が使命感を感じたからだ、とも説明されています。
当時の日本は開国を迫られており、厳しい外国との交渉に必要な語学力を持った人物や、海外の事情に通じた人物がどうしても必要な時期でした。ジョン万次郎は十年間アメリカに居て学校で学び成績も優秀。しかもアメリカの事情に通じていました。まさに必要とされる人物でした。
そして帰国後は、ペリー来航後に取り交わされた日米通商条約の翻訳などで活躍したそうです。
@自分が何らかの能力を持っていること、Aその能力が緊急に必要になる、という二つの条件を満たしたところから、心の中には使命感が湧いて出てくるようです。
自分には関係が無いと思っている人がいるかも知れませんが、川でおぼれている子供を見たら、あなたはきっと使命感にかられるに違いありません。あなたは何らかの形で助ける能力を持ち、しかもその能力が今ここで必要とされている、と感じ取るに違いないからです。
とは言っても、使命感はあくまでも感情でありその人の主観に左右されるため、能力や状況の判断がつねに正しいとは限りません。しかし、その気持ちはたまにしか姿を見せない貴重で尊い感情です。仮に判断を誤り失敗したとしても、我々はそのことを笑うことはできません。
時代が要求する人並みはずれた能力なんて、自分には関係ない、とは限りません。それぞれの世界で超一流になるのは難しいですが、持っている能力を組み合わせることで人並みはずれた能力として働くこともあるようです。
アニメに詳しく、語学力もあるという人は多いかも知れません。しかし、そこに法律の知識が加われば、人並みはずれた能力となります。たとえば日本のアニメを守るために、こうした三つの能力を持った人物が必要とされる時代になっています。しかもそれは緊急を要する、とも言われています。
とは言いながら、もう一つの能力を身につけることや、自分がすでに持っている能力が今すぐにでも必要とされている、という事実を知ることが、実は一番難しいのかも知れません。
-2004/5/31
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