どこに行こうとしているのか、なにゆえに多くの苦しみの間を挟むように楽しみがやってくるのか?旅にまつわることわざはそのまま人生にも言えるような気さえします。人生という旅の目的地はどこにあるのでしょうか?
フロイトは人間に対してあるたとえ話を書いていますが、それをちょっと脚色して書くと以下のようになります。
人のエネルギーの源泉ともいえながら本能に忠実な「イド」という名の馬に「自我」という名の旗手が乗り、そして目的地は「超自我」という理想の世界です。これが人間だというのですが、その目的地を目指して旅をするのが人生かもしれません。
ご存知のように馬は道端に美味そうな草があれば立ち止まって旗手の言うことも聞かずにその場で食べようとします。しかも理想を求めなければ気ままな旅になりますが、向上心から逃れられない人間は理想を求めてそれがなんなのかも良く分からないまま言うことを聞かない馬の手綱を操りながら旅を続けようとするわけです。
一人ではつまらないから「旅は道連れ・・」とばかりにその相手を見つけても目指す理想が違えばどこかの角で別れることになるでしょうが、たとえ途中までの道連れでもどんなに助かるか分かりません。馬同士の相性が良く、めざす理想世界も同じ人と最後まで共に旅が出きたらどんなに幸せか解りません。しかしどこかにそんな人はいる筈です。
-2001/5/7
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