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消え去るもの残るもの


 ある日のこと、取引先にファックスを出すため一太郎で文書をつくった。A4の紙に印刷してファックスに流し、紙は控えのためにとっておいた。ところが、その紙はもうどこに行ったのか分からない。

 あれから組織も変わったし、とっくの昔に取引も終わっているし、そんな用済みのファックスを残しておいても役には立たない。

 ところがその時書いた文書ファイルは残っている。今でもPCのハードディスクの片隅に、フォルダごとに整理され、邪魔にならない程度に残っている。

 なぜ紙は消えたのに文書ファイルは生き残れるのか?

 最初はフロッピーディスクに保存され、それからハードディスクの付いたPCにコピーされ、さらに現在のPCにコピーされた。

 昔のフロッピーもPCも、どこへ消えたのか分からない。それでも文章は残っている。なぜそんなことが可能なのか?

 ある言葉と別のある言葉と、それからさらにまた別の言葉を、ああやってこうやって組み合わせ順番に並べれてゆくうちに一つの文書ができあがる。

 魂が、宿として借りている肉体が寿命を迎えたとき、次の肉体に乗り移って生き続けることができるように、文書は記録メディアから別の記録メディアに乗り移り、生き続けることができる。

 ハードディスクはやがて壊れ、錆びて屑になり姿を消すが、文書は魂のごとくに生き残ることができる。それは、文書が物ではなく、意志を伝えるための、しかけ、だからなのだろう。そんなしかけには、もっとすごいものもある。

 あるタンパク質と別のあるタンパク質と、それからさらにまた別のタンパク質を、ああやってこうやって組み合わせ順番に並べてゆくうちに、一人の人間ができあがる。このしかけとはもちろん遺伝子情報のこと。

 遺伝子はある肉体から別の肉体へ、親から子に受け継がれ生き続ける。考えてみれば、文書も遺伝子も情報そのもの。

 人間の本質は物ではなく情報だから、人は亡くなっても別の人のこころのなかで生き続けることができる。遠い昔のやんごとなき人も、奢れる人も蘇ることができる。存在しない物語の登場人物にこころを奪われてしまうこともある。

 人間の本質は物じゃ無いから、死んだら土に戻ってすべて終わり、というわけじゃない。情報だから生き続ける。人によっては語り継がれる。人がこの世に生まれてきた証を必死になって残そうとするのはこのためなのかも知れない。

-2003/10/1


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