持っていてもいなくても生きてはいけますが、持っていた方が良いのが人生の目標。こればかりは持つも持たぬもその人任せ。人の波に呑まれるように流されるか、流れに逆らい独自の道を生きるか。それは個人個人の生き方そのものです。
進学、就職、結婚と何となく進む人とそうした形にこだわらない人との間にはその姿そのものまで形を変え、日が経つにつれその違いが大きくなってきます。
特定の企業・団体に留まるより独立して自由に生きたいとは一度は誰もが思うことです。しかし、そのためには安定した生活や幸福そうに見える家族を持つことを後回しにしなければいけません。
人間はどこまでも欲が深く、平凡な生活に与えられる安定という恵みをやがて退屈だと考えるようになり独自の生き方をする人に憧れがちです。しかも楽をしてその憧れに近づきたいと腐心します。
でもそんな楽な方法があろうはずも無く、安定した生活を一度は捨てなければならず、安定した収入を失い、いわゆる貧乏を覚悟することが必要だと解ってきます。でも独自の生き方は上手く行けば一転して莫大な富を手に入れることにもなります。
食欲という基本的な欲求でさえ、体を動かし頭を使い、やっと手に入れたものであれば、黙っていても自動的に用意されるものに比べ、はるかに美味しく、脳は自らの働きに満足し、脳内物質を分泌し、幸福感を感じる部分を刺激します。至福はそこにあり、あらゆるレベルの喜びをかみしめられるのが独自の生き方です。
独自な生き方に必要な考え方は非常に単純です。その生き方に不要なものを捨て去り、必要なものに注力します。悩む暇さえもったいない。よきパートナーがいるとなれば得ようとし、そうでなければ近づきません。
己の生き方のために必要悪となる別の仕事をする場合、疲れたら無理だとはっきり上司に伝えます。無理を重ねて不満を言う人を見て不思議に思うのです。なぜならその仕事は収入を得るのが目的であって、疲れて体を壊すことが目的では無いからです。
こうした単純明快さは独自の生き方を進めていく闘いのなかで得たものと言え、独立心が基礎になっているからこそ、上司に逆らいながらも筋がとおっているため、上司は逆にその人が自分で考える力を持っていることに気づき、自分の右腕にしようとします。
一方不満を言いながら無理をする人は頑張っているように見えながら解決策を人に委ねる人であり、問題の解決が遠のきます。このため上司はそんな人の価値を見出すことは出来ず、結果的に使い捨てることになります。企業も生き残るために闘いが必要で自然に人を選んで使い分けるのかも知れません。
闘いに満ちた独自の道を進むか、平凡であることの恵みを忘れずに生きていくかそれは各々の人の生き方なので誰も口出せることではありません。
ー2001/1/30
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