体験は自分で直接見たり聞いたり触れたりやってみること。だからたとえば海外旅行に行けば誰でも海外旅行体験者になれる。しかし、それだけでは海外旅行経験者だと胸は張れない。
海外旅行に行った事はあっても、それが至れり尽くせりのパック旅行だったりすると、チケットの買い方や出入国の仕方、ホテルのチェックインの方法も知らなくて済んだりする。しかし個人旅行やカップルで行動する新婚旅行ではそうはいかない。何もできなければ花嫁に愛想をつかされるかもしれない。
経験という場合は、ただ自分でやってみたり感じるだけでは不十分で、そこから知的な何かを掴みとることが必要になる。現場に放り込まれたら、嫌でもそこでやってゆくためにノウハウを身につける必要が出てくる。そうなれば、体験=経験となる。しかしもちろん、そうならないこともある。
結婚して子供が出来れば親にはなれる。いや結婚しなくても親にはなれる。しかし、この段階では親を体験しているに過ぎない。しかしよく考えてみると、体験の段階にあるのは「親としての自分」だけではなく、「子供としての自分」もそうなんだと思う。
子供を育てていると、子供の頃の親の気持ちが良く分かる、という人がいる。そこで、自分が子供の頃に、親にどんな気持ちで育てられていたのかが、理解できるようになる。これは時を経てから、「子供としての自分」を経験していることになる。
子供を体験して大人になり、親を体験しながら「子供を経験」する。それならば、親を経験するときはどんなときなのだろうか?それは子供の気持ちを理解できたときかもしれない。しかし多くの場合、親としての経験を積み、子育てのノウハウを身に着ける頃には、子育ては終わっている。
-2006/11/22
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