理想に至る道は困難を極めるが、それを乗り越え高いところにたどりついたら、いかにも心地よさそうだが骨が折れる。本能はそれを満たせばは気持ちよさそうだが地獄に落ちそうな気がする。そこで一番無難な現実をつまらなそうに繰り返すことになる。それはやっぱりつまらない。
まるで理想が前に進もうとし、本能が後ろへ向かおうとして動けなくなって、同じところにとどまって、見える景色も変わらず退屈しているようにも思える。 なぜ理想と本能が向きを同じくするところを探して前に進もうとしないのだろうか?
昔の偉い人で恋人と妻とパートナーは同じ人であればややこしいことにならないと言った人がいる。無理矢理当てはめれば、恋人を求めるのは本能であり、妻を求めるのは現実であり、パートナーを求めるのは理想である。 あなたがもし運が良ければ、一人の異性で事足りることになる。
趣味と仕事とは別だと言う人もいる。これも無理矢理当てはめれば、趣味は理想であり、仕事は現実だということになる。これは仕事はつまらなくてもいいから、それが終わった後で趣味を楽しめばよいと言うことになる。しかしそれでは一流の仕事人にはなれずにいわゆる負け組になる宿命にある。
またある人は男が産婦人科医になるのは人生の中で大きな楽しみを一つ失うようなものだと言った人もいる。それは編者の解釈によれば、女体の神秘が現実に変わってしまうと言う意味なのかも知れない。しかし、千人に一人くらいそんな不幸な男がいないと痛い思いをして子供を産む女性達に申し訳ない。
理想と本能の目指す方向は違っていてどうにもならないように思える。しかし、残された現実は自分の手中にある。理想と本能も180度方向が違っている訳じゃないから進む道は探せば見つかる。自分がどこへ進むべきかを考えることは生きる意味を探すことであるに違いない。
-2001/8/12
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