トップコラム・インデックス人生・価値観
迷うならそれが終わってから・・・。


 永遠のプレイボーイ岡田真澄さんがだいぶ前に喋ったことを良く覚えています。忙しくて自分の時間が取れないとき、あるバス停でバスを待っていた時、『今の自分は次にやってくるバスを待ってさえいればいい。それ以外に何も考える必要がない。』そう思うとすごく気持ちが楽になったそうです。

 忙しそうでいて実は楽しく感じる時間は集中できる時間だと思います。時間があっと言う間に過ぎてゆき、それが終わってもしばらくは脳が一つのことに没頭して効率よく活動できたことを喜ぶかのように心地よい気分を伝えてくれます。

 自分が自分を意識して、過ぎ去る時間が長く感じるのはどうしたら良いのかという迷いを表現しているように思えます。自分を意識するときはたいていそれが過剰になって失敗するように、意識すると言うことは限りなく迷うことに近いのかも知れません。

 勉強することや仕事をすることはともかく、遊ぶことにさえ集中が出来ないのなら、何のために勉強しているのだろうかとか、この仕事は本来の自分の仕事なのだろうかとか、自分は遊んでばかりで良いのだろうかとか、迷い始めたらきりがありません。

 このサイトで何度か登場している禅のお坊さん「道元禅師(どうげんぜんじ)」は、鍬(くわ)を持っているのなら畑を耕すことに専念すればいいと説いていました。このように道元禅師は一般の人が仏の道に近づくための具体的な方法を説いて回っていました。編者はそこまで仏に近づこうと考えているわけではありません。

 道元禅師の時代は今から750年くらい前です。その時代の人々には職業選択の自由はなかったはずで、戦(いくさ)でもない限り、農民は農民のままです。鍬を手に持っている人は、一生その鍬を持ち続けることになります。

 時代が変わって民主主義になり、職業選択の自由が徐々に実現されています。思想の自由も尊重されています。編者が高校のとき、教科書を手に持っていた先生は、あるとき先生を辞めて議員になる覚悟を決めたと話しました。当然反対はされたのですが、その熱意が市民に伝わり、見事に当選しました。街でその先生を久しぶりに見かけたとき、先生は嬉しそうに自転車のハンドルを握っていました。ポスターを貼りに行くためです。

 人生の中では自分の職業を選んだり、変えたりという大きな岐路(きろ)がありますが、一日の中にも様々な時間があります。その中でさえ思想の自由は尊重されています。勉強しながら別のことを考えても、仕事をしながら辞めたいと考えても、遊んでいるときに本当は別の遊びをしたかった考えても、他人はその人の考えているところまで強制的入り込むことはできません。

 しかし、集中できない自分はあまり好きな自分ではありません。選択の幅が広がった時代になっても、何を選んだらよいのか自動的にそのための知恵まで一緒に与えられる時代になったわけではありません。

 勉強できなくても、仕事ができなくても、遊びが下手でも自分という人間が下等になったわけではないので気にすることは無いと考えています。それでも、自分の能力を出せなかったとなれば、なんだか自分が下等になったような気がして、気分は良くありません。

 『今の時間に自分が鍬を手に持っているのであれば、とにかくそれを使って畑を耕すことに専念しよう。その仕事が自分に向いていないと思うなら、その仕事が終わってからゆっくり考えればいい。』

 迷うならそれが終わってからという事でしょうか?

ー2001/12/25



心理コラムのxSUNx
Since 13th Oct. 2000
トップ
コンテンツ:
 ようこそ! コラム ジョーク集 迷言集 リラックス写真館 トピックス リンク 逆リンク
トピックス: 男心 珈琲 深層心理 自信 使命感 戦争 ダイエット 美学 美容 フランス料理 フリーター 夢のコラム ラーメン・蕎麦 ラジオ
インデックス:
 ジャンル 追加年 用語 登場人物 地域
ジャンル:
  心理 性格 対人 人生 自己 哲学 恋愛 グルメ・美容 家庭・学校 ネット HP作成 購入 新技術 科学 文化 動植物 テレビ・ラジオ音楽 企業・経済 国内政治 就職と仕事 国内社会 海外 医療・福祉季節・レジャー スポーツ他原風景

       

●当サイトは全ページリンク・フリーです。連絡も要りません。
Copyright(C) 2000-2006 xSUNx(サン) all rights reserved.