全く目の見えない人がいきなり見えるようになると、かえって歩きにくいという話を聞いたことがあります。姿や形があることが逆に邪魔になり大事なものが見えにくくなるということでしょうか?
もっとも大事であるにもかかわらずそれに姿や形が無いのは人間が考える動物である証なのかもしれません。住む所や着る物や食べる物に事欠かない人でも気持ちが荒んでしまうことがあるのは姿の見えないもっとも大事なものが欠けているせいなのかもしれません。
その見えないものがなぜ大事なのかと言えば、それは体を動かすために糖分が必要なように、心を前に動かすためにはその目的が必要だと考えます。自分自身が生まれてきたことの意味について考えたとき、意味が無いと感じた途端に力を無くし、あると感じた途端に力が湧いてきます。
しかしどんなに偉い人でもその意味を知っているとは思えません。ただその答えは見つからなくても、もっとも大事なもののために生きようと決意することができるのが人間なのだろうと思います。
その大事なものとは対象になる物や人のことをかけがえの無い存在だと認めて惹かれる力だと思います。その力が生きることに意味を与え、目的さえも与えるという気がしますがその姿は見えません。ただ考えることによってのみ見えるようになりその存在を確認することができます。
-2001/3/14