どうしてきついことを言ってしまうのだろう?(上)
普段は良い子で手伝いも進んでする人が、その普段の行いに似合わず、時々きついことを言ったりします。そのきつさが自分でさえ傷つくときがあるくらいなのでどうしてなのだろうかと、今日は考えました。自分自身もきついことを言ってしまう人間のようです。今はだいぶ気を付けるようになってきたのですが、自分の経験からその時何を考えていたのかを考えてみることにしました。
これは性格だと言われるときがありますね。本人が一番気にしていることをズケズケと口にします。ドラマでもよくそういうタイプの人間が出てきて、俳優としては損な役回りで、大抵は性格の良い主人公の引き立て役です。それは多くの人がドラマで、あるいは実生活でそういう人と接し、嫌な経験をしているためそんな人には成りたくないと思っているはずです。でもどうして言ってしまうのでしょうか。本人が気がついていないならともかく、気を付けていても出てくることがあります。
自分では気がつかないところで、不満がそのまま不用意な言葉になっているような気がしますね。大抵のきつい言葉は当たっていることが多く、よく言えば正直に、しかし相手の気持ちを無視して発している言葉とも思えます。そういえば、嘘は常備薬、事実は劇薬と書いて有る本がありました。矛盾を抱えた人間同士がうまくやっていくには積極的に嘘をつけとまでは言わなくても、聞かれもしないことを正直に正確に言うことはさけた方が良さそうですね。器量の良くない女性に向かって「お前はブスだ。」と言うことは仮にその人の顔を分析したコンピューターでさえ言うべき言葉ではないですね。コンピューターは個性的で忘れられない顔だというべきです。そうプログラムしないと放り投げられてコンピューターの寿命が縮みます。
たいていのきつい言葉は誰かに何かを言われて、その返答をするときに出てくるようにも思えます。「何でこんな常識的なことが分からないのだろう、あるいは昨日のことをもう忘れてしまったのだろうか?あれだけ話したのに。」人から何かを聞かれてその1、2秒後にはきつい言葉を発します。殆ど瞬時に脳はその回答をだすのですから、きっと理性的な働きではなく、感情的なあるいは感覚的な反応なのだろうと思えます。無意識のうちに瞬時に相手を敵と判断し打ち負かす言葉を探し出しそれを口を使って言わせるのでしょうか?実生活では相手を打ち負かすことが出来ても誰も得する人がいないのが現実です。
-2000/10/14
どうしてきついことを言ってしまうのだろう?(下)
自分が人からきついことを言われたら、それをありがたい忠告だと思った方がいいと良く言われます。たしかに相手のいうことは当たっている事が多いわけですから、もしかしたら自分が気がついてはいない自分の欠点を教えていることにもなります。またこのように考えられる人は次のステップアップへ向けて新たなエネルギーが生まれてくるでしょう。ファイトがわいてくるかも知れません。言われたときに多少面食らっても、新たなエネルギーがそのときのストレスを和らげてくれるためストレスが溜まることも無いでしょう。
しかしたいていの人は新たなステップアップへのヒントになるわけでもなく、あるいはそう考えられる訳でもなくストレスを溜めるだけで、毒にはなっても薬にはならないでしょう。自分より物事への取り組みが前向きでちょいとこらしめてやろうと、きついことを言ってもそいつは更に前向きに捕らえてさらに前向きになるか、たくらみを見抜いてあざ笑うかもしれません。一方、自分より後ろ向きの人間にいらいらし、なんとか気がついて欲しいと思って言ったきつい言葉でさえ、さらにその人を後ろ向きにさせるだけだという気がします。どちらの人間に対しても自分と相手の距離を遠ざけてしまう結果になりそうですね。きつい言葉を発する前のたとえ一瞬でも相手を信用できない敵だと判断したのであれば、結果的に相手を遠ざけてしまうのは当然です。敵を近くに置こうとする人はいません。味方であるべき人でさえ遠ざけているので有ればそれは明らかに自分の言動が良くないことになります。
相手を味方だと信じていればきつい言葉もでてこないのかもしれません。でも人を信じることは勇気のいることです。裏切られるときの苦しみを和らげるために人を信じようとしないのでしょうか?これは振られるのが恐いから異性に自分の恋心を打ち明けないのに似ていますね。でも昔から恋をしてそれを失ってつらい思いをしても、何も無いより遙かにましだと言います。
-2000/10/15
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