人に何も頼まずにいられたら楽なのかもしれませんが、そういうわけにもいきません。しかも我々が人と接するとき、
その目的の大部分は何かを頼むためであることが多いように思います。その頼み方によっては、まったく相手に
通じないこともあります。
街を歩けばそこには道なりに色鮮やかな機械が並んでいたりします。商品の並んだ四角いその箱の前に立ち、コイ
ンを入れてボタンを押せば、中から飲みたいジュースが出てきます。自動販売機という名のこの機械に、「ジ
ュースくれよ」と頼んでいるわけです。自動販売機は感情を持たないため、欲しい商品を買うという経済行為が、何の気兼ねもなく成立します。
さらに歩いてスーパーに入ると、「いらっしゃいませ」という人の声。その言葉には、「ご来店ありがとうござい
ます」という歓迎の意味が込められています。
しかし、店の中で品定めをしているときでも「いらっしゃいませ」と言われることがあります。それはたいてい「どいてく
ださい」という意味も込められいるようです。直接「どいてください」と頼むより、”どいたほうがよさそうだな”と、「いらっ
しゃいませ」の声をトリガーに客に気付いてもらうわけです。この方が気持ちよくどいてくれる人間の心理を利用しているようです。ここには次の法則がありそうです。
1.声を掛けることで動くきっかけを与える
2.自発的だと思わせる
駅で切符を買い改札を抜けて電車に乗ります。横長のロングシートに座っていると、「すみません」という人の
声。これはもちろん、その人が何か悪いことをしたので謝っている、というわけではありません。「私のためにもう少し席をあけてくれませんか」という依頼のための言葉です。直接「席を空けてください」とは言わず、「見知らぬあなたの手を煩わせて申し訳ありません」という意味を込めています。自分が謙(へりくだ)ることによって相手を持ち上げ、気持ちよく動いてもらうための謙譲的表現です。
なかには、「ここは七人掛け。席を空けない方が悪い」と言わんばかりに、何も言わずにお尻をグイグイさせて座る人
もいます。無理矢理に見えるこの行為が問題にならないのは、「席を空けない悪い人にはなりたくない」と考える周囲
の人の心理を利用しているように思います。ここには次の法則がありそうです。
3.誰もが悪者にはなりたくないと考えている
優先席の前で子供を抱いた妊婦が黙って立っているとき、それは間違いなく「座らせてもらえませんか」という意志表
示です。しかし、誰も席を譲ろうとしないときがあります。この場合、席を譲ってもらうための一連の法則のうち、どこに問題があったのでしょうか?
誰もが「いいところを見せたい」と思っているため、やりようによっては複数の人たちが席を譲ることも有り得ます。しかし、それにはタイミングが重要なようです。それは、自発的であると思わせるための微妙なタイミングです。そのタイミングを逃がすと、譲りたいと思っている人でも、人に言われてから席を譲るのはかっこ悪いという理由から、わざと知らん振りをする可能性があります。
もしあなたが妊婦で、しかも口の聞ける子供がいたら、優先席の横のドアから入るなり、子供にこう言わせてみましょう。「お母さん、もう少しで僕もお兄さんだね」。
するとその声をトリガーに、”あの子のお母さんは間違いなく妊婦だ。ただ太っているわけじゃない。ここは席を譲っていい男を気取らなきゃ”と考える世の男たちが、同時に立ち上がるかもしれません。
-2006/12/29-30
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