大勢の人の前に立つとあがってしまい、真っ白になったり、どもったり、同じ言葉を何度も繰り返したり、息がつまって声が出なくなったり、ふだん大きな声を出す人が小さな声になってしまったりします。
そんなときはカボチャが並んでいると思えばいいと言われる事があります。あるいは掌(てのひら)に人いう字を書いて飲み込めばいいとも言われます。でもどうしても人の目を意識しすぎて頭に血が上ってしまいがちです。人の目を意識するってどういう事なんでしょうか?どうしたら上がらなくなるのでしょうか?
あがらない人は人前に立つ事を楽しんでいるようにさえ思えます。緊張と同時に期待が不安を上回るのでしょう。以下は不安の方が期待を上回る人の話です。
- ステージの上であがってしまう
あらゆる形で自分の得たものを他の人に伝えるためにステージに上がります。見栄っ張りは良く見せようと思い、肝っ魂の小さい人は失敗を恐れます。一部の天才を除けば、自分より優れた発表をする人はいくらでもいるでしょうが、その人らしい発表を出きる人はその人しかいません。自分らしさという意味ではその人が一番だということは紛れも無い事実です。観客はその人らしさを求めているのだと思います。だから自信を持てない理由はどこにもないと思うのですが、どうしてもあがりそうだと思ったら練習するしか無く、それが終わったら腹を括るしかありません。
- 面接であがってしまう
進学や就職他でよく行われる面接です。そこで話す内容が自分の考えた事であれば自分の考えをしっかり確認しておけば良いのですが、自分より優れた自分を演出しようとするとあがりそうです。そんな小細工は面接の専門家にはたいてい通用しないのでさっさと諦めて、自分自身の意思を伝えた方がいいと思います。自分自身の意志さえないという場合はそこへ進む事自体が自分の意志ではないのかもしれません。面接だけの事を考えれば意志を無理矢理作り上げれば良いのですが、それがその人の人生にとってプラスかどうかを考えたら別をあたった方が良い場合もあります。
- 好きな人の前であがってしまう
願わくば自分の良いところだけ知ってもらって自分に好意を持って欲しいとついつい考えてしまいます。この場合は編者の意見を書くより、いろいろと体験してくださいとしかいいようがありません。
- 普通の人の前でもあがってしまう
この場合が一番困ります。ステージでの発表は特別な場合ですが、普通の人と対面する事は日常の出来事だからです。でもたいていの普通の人は自分と同じ普通の人である事が殆どです。つまり自分自身と戦っている人々です。誰もが持っている醜い部分を普通に隠して表に出さない自分自身と同じような人々です。だから鏡のなかの自分だと思えばいいのかもしれません。
-2000/12/21
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