「いい人になると損をするような気がする。だからいい人になりたくない。」と書くと、書いている自分でさえ、ずいぶん大人げないことを書くもんだと思います。現実的にはその感情のままに行動することは非常に難しいことです。回りの人を全て敵に廻してしまいます。それで困るのは結局自分だと言う事は考えれば分かる事です。いい人になった方が良い事は分かっている、でも自分は嫌だということもあります。
こうした感情は自分が子供のときからありました。大人になって「たまにはいい人にならないと生きては行けない。」とも思うし、今は慣れのせいか、自然に普通に行動しているように見せています。いい人になりたくないと思っているとは想像できないかもしれません。
いい人であることは自分には似合わないと思うときが良くあります。たまに自分が良い行いをした後に感じるさわやかな気分と同時に感じるのは何とも知れない違和感です。逆の言い方をすると、いい人でいることは自分自身にとって居心地が良くないのかもしれません。実に窮屈な気もします。楽しい事は何もない。そんな生活はしたくはない。
しかし一方ではいい人になりたいという気持ちもあるから不思議です。一体どうしてなんだろうと考えたり、調べていくうちに分かってきたのは、あるいは分かったような気がしたのは、いい人になりたいという気持ちとその逆の気持ちは欲求のレベルが違うという事でした。ただし、こうした知識を得ても自分自身がそれだけで成長するわけではありません。理想的ないい人になりたい思っていても、それに素直に従える訳でも無いと気づきました。現実的にそれは直接目にみえて得をするわけでもありません。ずるがしこく生きた方が裕福になれるかもしれません。地道に生きるより、手っ取り早く金を儲けたいと自分は思っているのでしょうか?
自分の成長のレベルはその程度なんだろうという気がしています。いい人になることはそれだけで自分自身の得だと実感できるようになるまでにはまだ多くの時間と経験が必要なようです。自分の場合は後、200年は必要でしょう。それまでの間に短気を起こして取り返しのつかない事にだけはならないように気をつけようと思います。
-2000/10/27
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