人は本当の不満や欲しいものをなかなか口に出さないものだと思います。携帯が欲しいという言う人も仕事で使う場合を除くと、本当に欲しいのは心配な人の声を聞いて安心感を得たり、好きな人の声を聞いて幸福感を得たり、不満をぶつけて爽快感などを得ることでしょう。
人の欲しがるものを作りたいと思っても、実際に人間の手で作れるものは手段となる道具だけで人の感情までは作れません。世の中に”愛情”や”友情”や”幸福”を売っている店があれば喜んで買いに行く人もいるでしょう。でもそんな都合のいいものを売っている筈はありません。それを手に入れるための道具を買いに行くのです。
気持ちがふさいだ状態が続く、いわゆるうつ状態は手後れでなければ薬で治るということも驚きです。その薬で治らない人に対しては直接神経系統にパルスを送る試みも進んでいるようです。これは治療として感情を正常に近づけようとする試みです。
しかし、世の中の進歩というのは恐ろしいもので、正常な個人個人の持つ感情をも同じ神経系統をあやつる事によってより好ましい感情を作り出そうとする別の動きもあります。まだ、それを可能にする技術が開発されていないだけですが、それも時間の問題でしょう。ニュースを注意深く見ている人は21世紀以内に感情を操る事ができるようになるという報道を目にしたと思います。(http://news.yahoo.co.jp/headlines/hwj/001107/cpt/15581200_wircpt003.html)
どう考えても”神”に近づこうとしているとしか思えない人間がそれを可能にしようと試みる事は間違いありません。
しかし、覚醒剤が幸福感を生み出す物質として脳の中で働き、それが逆に人格を破壊する方向へ向かう結果になっていることからも言えるように、体験のなかで得る記憶を伴わない一時的な幸福感はその物質が切れると直ちに元に戻ってしまうか、反対の不幸な作用を起こしてしまいます。それを防ぐためには持続的に神経系統を操る事が必要です。最後は記憶さえ移植する事になるのでしょうか?少なくとも自分の生きている間には可能になる事は無いと思うと残念とも安心とも思います。
人の感情の操作はまるでカンニングをしているようで、なんだかずるいという気がします。当分の間は、手段としての道具を作る方になるか、使う方になるか、その両方かのいずれかという状況が続きそうです。
-2000/11/9
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