ある夏の日のこと、海側の濡れた砂の上を歩きながら陸の方を見ていたら、黒っぽく長いスカートのドレスを着た女性が1人海側に向かって歩いていました。そこへ吹いてきたのが突然の海風です。スカートの裾が大きくまくれてしまいました。
そのとき、数十メートルくらい離れたその女性と私の目があったのですが、女性は特に隠そうともせず、スカートをまくれるままに捨て置いたところが印象的でした。私を含む男たちを挑発するつもりだったのか、それとも、あまりの照り返しの激しさに参っていたのか、あるいは、水着を持ってこなかったことが悔しくてそれどころではなかったのか・・・。
本当のところは解りませんが、その日は暑かったため羞恥心が飛んでいってしまっても不思議ではない日だったことはたしかです。実際のところ暑さは羞恥心を吹き飛ばしてしまうものなのでしょうか?
文化的背景から生まれる感情が羞恥心なら、暑さによってもたらされる不快感もまた感情です。前者はそうした文化を持つ地域で生き残るためにわき上がる感情で、どうしても必要なものですが、後者もまた暑さを避け生き残るために必要な感情です。この仮説が正しいなら、ときに羞恥心が死を招く感情となり得るのなら、それが吹き飛ばされてしまうのは当然すぎるほと当然です。
修学旅行の時、パンツをはいたまま湯船に入るほうが恥ずかしいか、脱いで入る方が恥ずかしいか、判断基準は育った社会で生き残るためにはどちらがふさわしいか、の判断で決まるだろうし、それも考えて判断していると言うより、感じて判断しているはずです。
羞恥心は、考えた末の結果と言うには矛盾が多すぎるのです。
今年の夏は梅雨も枯らすほど暑く、しかも残暑になるかもしれない、と予想されています。つまり今年の夏は、あまりの暑さに羞恥心が吹き飛んでしまう夏になりそうだということです。しかし唯一の救いは、仮にそうなったとしても、誰もがそうなってしまうため、もはや恥ずかしいことではない、ということです。
-2004/7/8
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