何か問題が起きるたびに、これからは物の豊かさを求めるより心の豊かさを求める時代だという言葉を良く聞くようになりました。それなら、その心の豊かさはどうしたら得ることが出来るのでしょうか?こんなことは学校で教えてもらったような覚えがありません。
物の豊かさを手に入れるためのストーリーは自分なりに思い描くことが出来ます。お金持ちの家庭に生まれることもその一つですが、これは自分の意志ではどうにもならないので、高収入が得られる仕事に就くことを考えることになります。学校に行くのはそのための準備期間で必要なことを学ぶことになります。一般的に、怠ければ怠けるだけ仕事に就いてから高収入を得られる確率は下がります。これは仕事もまた怠ける癖がついてしまうことと、仕事に必要なスキルがなかなか身に付かないことから来ます。
真正面からぶつかってはいつになるか分からないと考えると棚からぼた餅を求めて宝くじを買ったり、競馬なんかに手を出すことになります。この方法では運の良い一部の人が儲かりそれ以外の人は少しずつ損をします。
考えてみると物を豊かにするのも大変なことです。国連の推計によると2000年の世界人口は61億人だとされていますが、その中で物の豊かさを享受している先進国の人口は7億人程度です。先進国は世界に先駆けて富を発見するか、あるいは創り出すことによって豊かになった国々です。そうした国にはそのための企業、そこで働く人を養成するための学校が早くから設立されてきました。こうした国のしくみが無ければ、個人がただ真面目に働くだけでは物さえも満足に手に入らないと言うのが実情だと考えることが出来ます。
でもまだ物の豊かさはそれが物であるだけに目に見えるため、それを手に入れたときのイメージを描き易いと言えます。目標がはっきりしていればそれに向かってまだ動きやすいと考えることもできます。
心が豊かになったときの幸せな風景として何をイメージしたら良いのでしょうか?まず、このイメージがぼんやりしているとそこに向かって進むことも難しくなります。しかも、このイメージは自分にとって本心から好ましいと感じるものでなければ意味がありません。心の豊かさをはぐくむためには社会貢献やボランティアがいいと誰かに言われたとしても肝心な自分自身がそれを嬉しく思えなければ力は湧いてきません。心の豊かさが精神的な喜びであるにしても、そこに自分にしかない力が発揮されて、そのこと自体にこの上ないうれしさがこみ上げてこないことには、自分自身の気持ちに正直では無いことになります。このへんは素直に喜べるイメージを探し出すしか有りません。
次にそのイメージの世界に近づくためには何が必要なのでしょうか?物やお金を数えるために算数を学ぶ必要があるように、騙されて物やお金を取られないように文字を読めるようになる必要が有るように、心の豊かさを数えたり、無くしたりしないためには何が必要なのでしょうか?そんな人間になるための道筋にレールはあるのでしょうか?
このあたりの事情を最近の識者の意見から汲み取ろうとしても、残念ながらまだ見つかっていません。物の豊かな国にはそれを実現するための仕組みがあるように、学校もまた社会に出るための一過程ではなく、学校に行って学ぶこと自体が面白いと感じられるようでなければならないと主張する人もいます。たしかにこの意見は正しいと思います。
しかし、個人的には学校や企業を含む社会が変わってその仕組みが出来上がるまで待っていると寿命の方が先にやってきそうです。心の豊かさもまた、それを求めて走りながら考えるしか無いのかもしれません。
-2001/12/9
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