最近良く耳にするようになったのが、この閉塞感という言葉です。閉塞とは閉じてふさぐことなので、閉塞感とは出口がふさがれて先へ進みようがない状態を指すことになります。
”日本が・・・”という場合は一つの方向に国民の多くが向くべきところを持っているかいないかということになりますが、そうやって皆が同じ方向を向いている時代そのものが過ぎ去ってしまったのかも知れません。製造ラインにたくさんの人達が並んで同じ品物を作る風景は日本にとっては”古き良き過去”となりました。一つの工場に何千人もの従業員が働き、同じ目標に向かう風景は中国に移ってしまったのです。
国とか社会とかいう大きなくくりで閉塞感を取り除こうとすること自体が時代遅れなのかも知れません。日本人はもう、一人一人がそれぞれに出口を見つけ出す能力を要求されているのです。かつてイタリアは「国は借金ばかりで貧乏だが国民は生活を楽しんでいる」と言われた時代がありました。そういうイタリアは今では国自体も元気になっています。
かつて皆と同じように夜遅くまで頑張って前を向いて歩いていた時代は、”バスに乗り遅れない”ようにするために頑張る必要があったのでしょうが、今はどう頑張れば良いのかさえ分からない時代です。しかも、かつてのように答えを教えてくれる人はやって来てくれそうもありません。
それでも日本全体はともかく個人的には、これまで大事だと思っていた何かを思い切って捨て去ることによって、自分ならどう進めば良いのかくらいは見つかりそうです。そういう人が増えることが閉塞感を取り除くことなのかもしれません。
-2002/3/20
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